自己紹介&コラム

2004年11月

あるべき姿
(2004年11月)

はじめに

もう、コラムを書くことはないと思ったのだけど、久しぶりに書いています。最近はブログなど書く場所が増えて、なかなかまとまったことを書く機会がないものですが、今日は短めのものをひとつ。

2年前にも書きましたが、不正表示もしくは不当表示について、「ある商品がなくなって、スーパーの棚が空いてしまうのは大変問題だろうと思います。すぐに欠品になるような商品は扱ってもらえないでしょう。」なんて書きました。

しかし限りあるものを売っている場合はやっぱり欠品になりますよね。

本来は、ないものはないが筋

先日、高級味噌を取引いただける機会があり大変喜んでいたところ、あまりの発注ロットの大きさに、ほとんど1回で終わってしまった商品があります。関係者の方にはご迷惑をおかけしましたが、何分、味噌作りには1年かかるわけで、1年前から小さな味噌屋が特需を予想できるわけもないし、それに対応する余力の仕込みもしていないのが現状です。

しかし、せっかくの販売機会を逃してしまうという、、、、「惜しい」って気持ちは誰でも働きますよね。こうした厳しい時代です、欠品で次から取引がなくなり、その棚は別の製造元の味噌が並ぶことも十分に考えられますし、実際にそうなったと思います(涙)。

こうした葛藤で、不正表示や違ったもので代替すると言うことが発生するのでしょう。先日の讃岐うどんの不正表示も、詳しくは知りませんが、急激なブームで地元産のうどんでは対応できない数だったのかもしれません。

しかし、この発想には、やっぱりお客様のことが不在となっています。それを楽しみに食べているお客様に対して裏切っていると言うことが、あとで考えてみれば分かるのですが、その時点では頭の中から存在を押し出している感じです。製造元は「ないものはない」と言う勇気を持つところからスタートしたいものです(どんな要望でも応えると言うポリシーも重要で、それは持ちつつって言うことが前提でしょうけど)。

本来あるべき姿

実は今回は、そのような表示の問題をお話したかったわけではなくって、本来、話したかった「本来あるべき姿」というのは、このような記事を目にしたからです。

日本三景の一つの天橋立では、台風23号の強風や高波で砂浜が幅が最大12mも削り取られていることわかりました。観光への影響も心配されるわけですが、もともと数十年前から、川の護岸工事などの影響でやせ細りが目立ってきていたそうです。そこで京都府は1986年から毎年6800トンの砂を投入する養浜事業を進めていて、その流れで徐々に回復できるとしています。

それはいいことだ、ほっとした
観光への影響もなくなり、またキレイな景観が復活できるだろう
、、、って思うのですけど・・・

よくよく考えると、天橋立は、河川が運ぶ土砂が5000年かけて堆積したとされる砂州で、まさに自然そのものだったわけです。それが、「天橋立はこうあるべきだ」って姿が先に出来てしまって、養浜事業と言う形になって保持することになっているのは、ちょっと違和感を感じたわけです。

台風で削られてもそれが自然の姿じゃないか、、多分、過去何千年ってそうやって出来て来たに違いないのに、ここにきて「こうあるべきだ」って姿から離れられないようになってしまったのでしょう。

別にそのこと自体が悪いわけじゃなくって、そのような復元がなければ、歴史ある神社なども、さまざまなお城も、みんな今の時代に見ることは出来ないでしょう。今の技術で出来ることの復元や補修はいいことかもしれません。

ただ、そう思うと、白骨温泉で、入浴剤を使ってまで白く見せていたのと話が似ているような気がしてきました。これも、お客様に温泉を楽しんでいただくサービスじゃないかと。もちろん、その後、各地で発覚した温泉じゃないのに温泉と言っていたルール違反はダメですが(入浴剤を入れることが温泉法に触れるのかどうかは、知らないのですけど、法に触れるのはダメですが)、見た目を楽しめるようにすると言うのは、「本来あるべき姿」を維持する作業のように思ったのです。

重要な情報開示

そこで、また新たな違和感が・・・
それは、
天橋立の養浜事業は、槍玉に挙げられないのに(むしろ歓迎されているかもしれない)、かたや白骨温泉の入浴剤はなぜ、槍玉にあがられるのか、、、??

その2つの大きな違いを考えたときに、大きな違いがひとつだけあるように思いました。

それは、そうしたことを情報開示していたかどうかということです。情報提供をせずに(隠すような意図があって)行ったサービスは、お客様への裏切りにもなると言う怖い例でもあると思いました。

いくら、温泉側が、白くない白骨温泉ではお客様が喜んでいただけないから(もしくはお客が離れていくから)という理由で、サービス提供をしたとしても、そのことを堂々と開示しなくては、いけないということです。

かつて「人」、「物」、「金」が大切と言う時代から、1980年の初めくらいから「情報」が加わりました。「情報戦略」などと言われるように、「情報をどう使うか」「情報をいかすか」と言うことが中心に検討されてきましたが、今、本当の意味での情報の大切さは「情報をどう公開するか」と言うことと、個人情報保護法案を見るまでもなく「情報をどう機密化するか」と言う問題に来ているのかも知れないですね。

参考文献など

読売新聞(養浜事業記事)
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