
2006年7月
サッカーのW杯が終わり、すでにオシム・ジャパンもスタートしたところですが、W杯決勝トーナメントの三位決定戦で、上川さんが日本人として初めて笛を吹いたことは、何ともうれしいニュースでした。しかも、そのジャッジは的確で、国際的にも質の高さを認められました。本紙でも「上川主審 的確ジャッジ」の記事がありましたが、審判団へのメダル授与時の「誇らしげな笑顔」は確かに印象的でした。
ところが、「的確なジャッジ」がある一方で、大きな大会になると、よく「世紀の大誤審」と言われる判定が出てきます。サッカー限らず、ワールドベースボールクラシックのタッチアップの判定しかり、シドニー五輪の柔道の篠原選手の判定しかり、と言うように。
こうした誤審騒動が起きるたびに、ビデオ判定導入の話が持ち上がりますが、現在のFIFAやプロ野球の世界では、ビデオ判定の導入に否定的スタンスのようです。
一般的に、スポーツ全般でビデオ判定に否定的かと思ったのですが、意外にも、すでにアメリカンフットボールでは導入されているとのことですし、テニスもラインの判定にはビデオ判定が導入されているようです。
また、大相撲でのビデオ判定導入は、1969年の大鵬の45連勝がストップとなった微妙な判定がきっかけと言うことですから、なかなか歴史もあるようです。
もちろん、大相撲の場合は、審判委員の存在や、同体による取り直しなどと言うルールもあり、一概に団体球技と比較は出来ないでしょう。とは言え、次第にハイテク機器が採用されるように、団体球技の判定にも、今後はハイテク機器での判定が導入されていく可能性はあるでしょう。
しかし、ビデオなどの機械での判定を採用すること自体に、私はどうも違和感を持ってしまいます。
それはどうしてでしょう?
多分、スポーツにおいて最高のプレイに感動するのは、そこに生身の人間の想像を超えるような力の発揮があるからではないでしょうか。誤審のない判定は何よりも重要ですが、だからと言って人が介在しないで、デジタルの世界のように「0」か「1」と、全て白黒と割り切ってしまうと言うのが違和感を持たせたのでしょう。
ある本に「レフリーは、交通巡査でなくオーケストラの指揮者たれ」と言うようなことが書かれていました。そういう意味では、審判の技量は、敏速で的確な白黒判定だけでなく、想像を超えたプレイを生み出すような演出や人間臭さが必要なのでしょう。W杯での上川さんの顔を見ていますと、そんな気持ちになるから不思議です。
夏の甲子園はもう目前です。個人的には福井県勢の活躍を大いに期待したいところです。その一方で、最後の夏になる選手のためにも、審判の方の力量で、思い出に残るいい演出が出来たらと期待したいものです。